海を耕す
たゆまぬ努力によって
つくり育てる漁業
未来につなぐ

始まりは1948年、
初代総長・世耕弘一の想い

 世界で初めて完全養殖に成功した「近大マグロ」など、天然水産資源に頼らず自然界への影響が少ない持続可能な養殖業の研究に長年取り組んできた「近畿大学水産研究所」。その始まりは1948年までさかのぼります。
 戦後の深刻な食糧難に危機感を覚えた近畿大学初代総長・世耕弘一が提唱した「海を耕す」という理念のもと、「白浜臨海研究所」(和歌山県白浜町)として設立されたのが始まりでした。
 世耕弘一は、当時の「獲る漁業」に代わる「つくり育てる漁業」の必要性をいち早く提唱。多くの関係者が半信半疑だった中、研究者たちのたゆまぬ努力によって、ハマチやマダイなど多くの高級魚の養殖に成功しました。

豊かな食文化を未来に繋ぐ
使命感から生まれた世界初

 近畿大学水産研究所がこうした研究に邁進してきた背景には、日本の食糧問題や水産資源の将来への強い懸念があります。かつて「お魚大国」と呼ばれた日本でも、乱獲や海洋環境の変化により、漁獲量はピーク時の3分の1にまで落ち込みました。食料自給率の低下や、世界的な水産物需要の高まりによる価格高騰リスクも無視できません。
 こうした状況の中で、「豊かな食文化を未来に繋ぐ」という強い使命感のもと、天然に頼らずとも、持続可能で高品質な魚を安定的に提供する技術の確立を目指し、いくつもの「世界初」を生み出してきました。ヒラメの人工ふ化による種苗生産(1965年)や、クロマグロの完全養殖(2002年)はその代表的な例です。
 さらに、環境に配慮した養殖法の研究にも取り組み、天然資源の枯渇を防ぎ、高級魚を安定的に供給するため、「完全養殖」の研究に取り組んできました。従来の養殖は、「天然種苗」と呼ばれる天然の稚魚を海から捕獲して育てる方法が主流でした。それに対して「完全養殖」は、人工ふ化した仔魚を親魚まで育て、その親魚から採卵し、稚魚まで育てた「人工種苗」を使って養殖するものです。人工ふ化で育てた親魚から次の世代を生み出すサイクルであり、その稚魚を導入することで天然資源に依存しない持続可能な養殖が可能となります。

白浜のいけすで遊泳中のクエタマ

人工種苗を使った
養殖への軌跡
クエそして、
クエタマ

養殖技術を駆使した
交雑魚が拓く、
養殖魚の未来

 近畿大学水産研究所では交雑魚の研究にも取り組んできました。交雑魚とは、米の品種改良で異なる特徴を持った品種を交配させて、どちらの良い点も引き継いだ新しい品種を生み出すのと同じように、2つの異なる特徴を持つ魚をかけ合わせた“いいとこ取りの魚”です。「ハイブリッド魚」とも呼ぶ交雑魚は養殖技術を駆使した夢の魚と言えます。
 近畿大学水産研究所では、1964年に初めての交雑魚となるマダイ(雌)とクロダイ(雄)の交配に成功し、その後数多くの組み合わせによる交雑魚を作出しています。
 「一般的に近い種類の魚は交配しやすく、例えばブリとヒラマサが交配した『ブリヒラ』などがあります。研究がスタートしてからいろいろな魚の掛け合わせにチャレンジしたそうです」と近畿大学水産研究所の中田准教授(白浜実験場長)。通常の採卵は、水槽の中にオスとメスを入れ、自然界と同じように魚まかせに受精させて卵を採取しますが、交雑は人工授精を行います。「親魚を2種類確保して、人為的に卵をしぼり出し、採取した精子と混ぜ合わせる、特に雌の成熟や排卵を誘導する技術は難しいものです」(中田准教授)。
 これまで19品種の作出に成功し、「ブリヒラ」などが市場にも流通されています。

水産研究所 白浜実験場長の中田久准教授。海水魚の種苗生産および養殖について日々研究を行っている。

交雑魚の研究から
クエの養殖への応用

 交雑魚の研究に取り組む中で、養殖では自然産卵が難しい魚についても人工授精を活用できるのではと考えられるようになりました。そこで始まったのが“幻の高級魚”ともいわれる「クエ」の養殖です。
 「純系のクエに水槽内で産卵させようとしても海に比べて水深が浅いことや水温、オスとメスの比率など、さまざまな要素が課題となって自然産卵が難しくなっていました。そこで人工授精の取り組みを進め、1988年にクエの人工ふ化に成功しました」(中田准教授)。
 ただ、クエは成魚になるまで時間がかかるため事業化の大きな課題となっていました。「養殖期間が長い魚は、成育コストが掛かり、天災による被害なども考えるとリスクしかありません。養殖するうえでの理想は、養殖期間ができるだけ短く、しかも大きく成長して高単価で販売できるものです。クエはものすごく美味しく、単価の高い魚ですが、養殖期間が長くかかる点が大きなデメリットです。その点が養殖を普及させるうえで大きな課題となっています」と話すのは、近畿大学水産養殖種苗センター谷口直樹事業本部長。これまでさまざまな海産魚の育成に携わってきました。
 「クエの人工ふ化には成功しましたが、白浜の実験場で2kgの出荷サイズにまで育てるには5〜6年かかります。クエは水温が20℃を切ると餌をあまり食べず、成長が止まってしまうのですが、白浜の海では1年の半分が水温20℃以下。そこで成長を促進するため、白浜より温暖な海域の奄美大島で育てることにしました。すると3年半ほどで2kgまで成長するようになりました」と中田准教授。成長の期間を短縮することに成功し出荷量も増加、白浜の名物として地元のホテルや旅館などで提供されています。

大阪・関西万博ウォータープラザ店前で生産責任者の谷口事業本部長。種苗センターでさまざまな魚の生産に取り組んでいます。

美味しくて成長の速い、
夢の魚クエタマ

 クエの成育期間が短くなったとはいえ、現状に満足せずもっと早く成長する魚種ができないかと、近畿大学水産研究所ではクエを使った交雑種の研究を始めました。そうして生まれたのがクエと同じハタ科の「タマカイ」を組み合わせた「クエタマ」です。同研究所では2011年に国内で初めてこの「クエタマ」の作出に成功しました。
 「ハタ科の魚類で成長が速いものと美味しいクエを交配して新しい魚が作れないかと、さまざまな組み合わせを試していく中で、最も成長が速かった交配相手が『タマカイ』でした。タマカイはハタ科の中でも最も大きく成長する魚種で、大きいものでは400kgにもなります。その精子とクエの卵を掛け合わせて生産した稚魚を奄美大島で育てると、2年ほどで出荷できるサイズに成育しました」(中田准教授)。クエの美味しさと驚異的なスピードで成長するタマカイ、この優れた形質をあわせ持った夢の魚「クエタマ」が作出できました。

高級食材クエと同じハタ科世界最大の魚タマカイから誕生したクエタマ

養殖魚だからこその安全・安心

 生産履歴がすべて記録される養殖魚は、何を食べて育ったかが明確で安全・安心と言えます。また、交雑魚は交配する技術のみで行われる品種改良です。「交雑というのは2種類の親魚から卵と精子を採取して交配することのみを行っています。遺伝子の組み換えや操作をしているわけではありません。消費者の皆さんにはその点をご理解いただき、安心して食べていただくことが重要だと考えています」(中田准教授)。
 生まれてから人間に食されるまでの間に、この魚は何を食べて育ったかというものがすべて記録として残っているため、安全で安心な魚だと言えます。日本は島国で、豊富な魚介類に恵まれてきたため、自然の中で育った天然魚が好まれます。でもお米は人間の手で品種改良されてきたものですし、牛や豚、鶏なども自然に育ったものではなく、牧場などで育てられたものを私たちは食べています。魚だけが海で採れたものがよいとされ、養殖は価値が低いという見方がされてきました。ただ近年、そうした傾向は少しずつ変わってきたと思います」と谷口事業本部長。
 「天然魚は旬を外すと味が落ちますが、養殖魚は餌を管理することで、年間を通して脂のりなどをコントロールし、計画的に出荷できます」と中田准教授は語ります。米や家畜のように、人の手で育てるからこその価値があるのです。海の豊かさを守り、気候変動にも対応できる交雑魚は、未来の食を支える大きな可能性を秘めています。

近大サラブレッド魚と近大マグロの紅白手桶寿司

プロも認める
クエタマの味わい

大阪・関西万博で
交雑魚のメニューを提供

 美味しくて成長も速いという「クエタマ」は実際にどのような味わいの魚なのでしょうか。「クエタマは脂のりがとても良くて、100gの筋肉中の脂質の含有量を調べると、クエは100gあたり2.5g程度でしたが、クエタマでは3.2gありました。ハタ類はコラーゲンが豊富で、旨味が強い魚種です。お刺身は美味しいし、鍋にしても煮崩れない、肉質がしっかりして旨味があふれる魚です」と中田准教授。
 このクエタマ、実は、近畿大学発のベンチャー企業である株式会社アーマリン近大(和歌山県白浜町)が展開している養殖魚専門料理店「近畿大学水産研究所」の大阪梅田にある大阪店、東京の銀座店、そしてEXPO 2025 大阪・関西万博の会期中(2025年4月13日〜10月13日)に期間限定で出店している万博店で提供されています。
 万博店は『"人生で初めて食べる魚"に出会う』をコンセプトに、近畿大学が誇る完全養殖魚の数々を提供しています。「今回の万博店の目玉は、交雑魚メニューの提供です。普段、お客様が食べた経験のない魚をご用意しており、近畿大学水産研究所の技術で生まれたより美味しい、安全・安心なお魚を提供しています」と近畿大学水産研究所 大阪・関西万博ウォータープラザ店の杉村卓哉料理長は話します。
 「私自身、養殖魚には臭い、脂が強いというイメージがあったのですが、近畿大学水産研究所の店舗で仕事をするようになってから『養殖魚は美味しい』という印象に変わりました。実際に白浜を訪れ、どのような環境で養殖魚が育っているのか見学しましたが、タイなどは水深の深い場所で養殖されており、天然魚と遜色ないきれいな魚に育っていました」と語る杉村料理長。
 「養殖魚ということで、お客様から『どんな餌を食べているのか』と聞かれることもあります。近畿大学水産研究所の店舗ではタブレットから魚それぞれの成育から出荷までの過程をご確認いただけるようになっています。管理下で養殖されているのでアニサキスなどの発生もなく、安心して召し上がっていただけると思います」と安全・安心に食べられる魚であることを強く感じていました。

調理中の杉村料理長。
近畿大学水産研究所の店舗で10年以上にわたって、近大産の養殖魚を扱ってきたプロ

食の感動と未来の食
象徴するクエタマ

 万博店で提供している交雑魚の中でも特に注目なのが新技術によって誕生した、まさに未来の食を象徴する『クエタマ』です。
 「私は銀座店の料理長として、クエタマのメニューを提供していました。クエとの違いはまずサイズが大きいこと。そして身の質が違います。クエより白く透き通っていて食感も良い。銀座店ではクエとクエタマのお刺身食べ比べメニューを提供したことがあるのですが、『どちらがお好きですか?』と伺うと皆さんクエタマの方を好まれていました。クエタマのお鍋をお出しすると、出汁がとても美味しく、最後の雑炊まで皆さんきっちり召し上がられます」とクエタマの魅力を語る杉村料理長。
 また、「料理を提供する側としても、クエタマは使いやすい食材という魅力があります。クエは大きいものだと40kgほどあるものもあるので、店舗では使い切れないことがあるんです。その点、クエタマは短期間で5〜6kgの扱いやすいサイズに育ててもらえるので使いやすいですね。クエは冬の魚と言うイメージがありますが、クエタマは養殖ですから夏も美味しく召し上がれます。私自身は皮をさっと強火で炙った『焼き霜』にするのが好きで、お刺身よりほんのり温かく焦げ感があって食感も良いですよ。アラから出るダシが本当に美味しいのでお鍋や煮物も良いですよ」と食材としての魅力や料理についてもお答えいただきました。
 1日に600人以上が来店するという万博店では、交雑魚の「クエタマ(クエ(雌)×タマカイ(雄))」「ブリヒラ(ブリ(雌)×ヒラマサ(雄))」「キンダイ(イシダイ(雌)×イシガキダイ(雄))」を提供しており、その3魚種を使用した「近⼤サラブレッド⿂と近⼤マグロの紅⽩⼿桶寿司」が一番人気だそうで、午前中に売り切れてしまうこともあるのだそうです。

近大クエタマ鍋セット こだわりだしぽん酢付き

近大産クエタマ
美味しさを
家庭で簡単・気軽に堪能

クエタマを活かすプロの技術

 魅力にあふれた未来の魚「クエタマ」ですが、家庭での調理は至難の業です。
 「クエタマは、基本クエと変わらず、骨やウロコがとても硬いです。特に、普通のウロコかきだと取り切れないので、私たち料理人は包丁を使った「すき引き」技術でウロコをきっちりと取ります。取ったウロコは揚げてウロコせんべいとしてお出しすることもありますし、皮も湯引きするとフグの皮のようにプリプリです。余す所なく食べられる魚ですがご家庭では扱うのが難しいですね。そもそもサイズの大きな魚ですからまな板に乗り切らないと思います」(杉村料理長)。

美味しいクエタマ
手軽に食卓で

 そこで、おすすめするのが、近大発のベンチャー企業アーマリン近大が販売する「近大クエタマ鍋セット」です。クエタマの切り身とアラにアーマリン近大特製のこだわりだしぽん酢がセットになっており、あとはお鍋や野菜を用意するだけで簡単にクエタマ鍋が楽しめます。
 杉村料理長は「このクエタマのお鍋セットは面倒なクエタマの下処理がしっかりされています。切り身をそのまま鍋に入れるより、一度さっと湯通しして水洗いする『霜降り』をしていただくと余分な脂が取れてさらに美味しく召し上がっていただけると思います」とプロのコツを教えてくれました。
 この鍋セットがあれば、特別な日のお祝いや、大切な方のおもてなしに手軽に、そして最高のクオリティで『クエタマ』の鍋を囲むことができます。クエタマ鍋のほか、クエ鍋のセットもあります。ぜひ、ご自宅で『人生で初めて食べる魚』との感動的な出会いを体験してください。

2025年8月19日(火) 取材レポート
※掲載内容はすべて2025年8月取材時点の情報です。
  • 中田 久CHUDA Hisashi
    近畿大学水産研究所 白浜実験場長
    准教授 農学博士
  • 谷口 直樹TANIGUCHI Naoki
    近畿大学水産養殖種苗センター
    事業本部長
  • 杉村 卓哉SUGIMURA Takuya
    近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所
    大阪・関西万博ウォータープラザ店 総料理長

他にもクエ鍋セットなど
様々な商品を販売しています

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